2006~2010のイタリア周辺やウサギやクルマや諸々の話。2018~は愛する老ワンコとインドに移住中。時々絵日記。リンクフリー。
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最近のニュースや出来事を知るにつけ、”中国ってすごい”と感じる
今日この頃。
ネットで更にトドメな記事を見つけた。
コチラ
(シリーズ構成で全部で8つのエントリーがあります)
「食」って国民性そのものなのかもしれない。
”コピーが得意な中国”の食品は、やはり”ニセモノ(しかも粗悪)”だったりするし、
”工夫や効率を得意とする日本”の食品は、やはり工夫や効率を求めて作られたもの
(弁当やインスタント食品など)があふれている。
”マイペースなイタリア”の食品はあくまで自然なもので、料理も食材や作り方はシンプル。
だが、煮込みや下拵えに少し時間がかかり、食べる時間もたっぷり使う。
しかし中国の記事を読めば読むほど、気になることが2つ出てきた。
まず、今住んでいる国イタリアの食品は本当に『安全』なのかということ。
イタリア本土の食品は近いうちにチョイと調査してみようと思っているが、
とりあえず肉とタマゴは検査が甘いので、ちゃんと焼かないとヤバイかも
しれないと聞いた事がある。
ちなみに魚はスーパー内でも対面販売。日本のようにパック売りはまず無い。
肉はイタリア産と書かれているものがほとんどで、魚と野菜はその季節の
もの、旬のものしか売っていないことが多いので(産地もちゃんと書いてある)
おそらくイタリアの生鮮食品で輸入されてるものってほとんどないのでは
ないか。(加工食品はたまにドイツからのものがあったりするが。)
あくまで記してあることを信頼すれば、だが。
そしてもうひとつ。
これは、記事にコメントとして書かれていた、ワタシと同じように海外に住む
日本人にかかわる問題だ。
海外に住むワタシ達日本人は、口にする食料の多くを華僑経営の店に依存
している。
そういったものに対して各国政府の食品のチェックは甘いのではないか・・
ということだ。
実際、わが街で唯一日本料理が食べられる店も中華料理店で、経営者は
中国人。
他の街でも大体中国人が中華料理店もしくは日本料理店を経営している。
ローマほどの都市に出れば、日本人が経営している店もあるが、食品まで
日本から持ってきているかどうかはわからない。
それほど中国と中国人の海外への浸透性とネットワークは広く深い。
残念だが、自己防衛するしかない、と思う。
ちなみにイタリア各地にも日本食材を売ってる食料品店があるが、ほとんどは
中国人・韓国人が経営している。
ローマのテルミニ駅近辺にある、中国人経営の食材店。
このあたりはちょっとしたチャイナ・タウンとなっている。
同じくテルミニ駅そばの韓国人経営の食材店。
ここには日本製のもののほかに、韓国製の麺類やお茶類、冷凍食品や
画像の豆腐がたくさんある。
豆腐はなぜかチーズっぽかった。(汗
いつも楽しみに拝見している、先述の記者の方と同じ記者の方のブログ
にも”ロシア視点の”中国の人々について書かれている記事があった。
この方の記事も独自の内容・目線で書かれている。
コチラ
ああ、中国やロシアに行ってみたい・・・
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4月から娘の通信教育に理科と社会が加わった。
ローマへの補習校編入でバタバタして忘れていた。
いかんいかん、と今月からまた通信教育を再開。
よって現在、娘はイタリア現地校と通信教育と補習校の3つの
宿題を毎日やってることとなる。
で、一緒に教科書読んで採点とかやってるわけだが、3年生の
理科でモンシロチョウの観察という項目があった。
な、懐かしー!!!
自分が通ってた小学校(武田鉄也の母校(笑))の通学路には
立派なキャベツ畑があって、そこでわんさかモンシロチョウが
飛んでいた。もちろん黄色いちっちゃいタマゴもわんさか葉の
裏についていて、みんなで観察しまくっていた。
・・・キャベツ畑、探してみるかあ。
などと一瞬思ったが、この辺にあるのはオリーブ畑やブドウ畑が
わんさかあるくらい・・・
そういえば、チョウチョを見かけないなあ・・・。
ちょっと前に娘と昆虫採集?に出かけたときも、てんとう虫っぽい
この虫くらいしか出会えなかった。
あ。ハチはいっぱい飛んでて、家にもよく入ってくる。
イタリアの家には網戸とかカーテンとかがないので、容赦なく
ブンブン入ってくる。
ゴキブリにはまだ出会ったことがない。
ところで「昆虫の成虫の定義」が小学3年生の理科で出てくる。
どういうイキモノを昆虫というのか、皆はわかる?
真っ白で飛んじゃってますが(汗)朝顔?昼顔??を見つけた。
今週はイタリアは防犯週間なのか?!イタリア現地校でも
ローマ日本人学校でも避難訓練が開催される。
現地校は昨日行われたらしく、娘が話してくれたところによると
授業中に廊下の方から「チリチリチリ・・・」というアナログな
ベルの音がなって、それが非難の合図だったらしい。
(イタリアの学校には校内放送というものがない)
このベルは休憩時間や放課時間を知らせるベルと同じらしく、
だったらその違いはどうやって聞き分けるんだ??と聞くと
娘いわく「微妙な音の長さの違い」らしい。(爆)
・・・緊急の合図がそんなものでいいんだろうか。(汗)
しかも時々間違って鳴らされることもあり、「?今のベルは??」
みたいなこともあるらしい。(おぃ
最近夕方の時間、とてもいい風が吹く。
夏が近い。
・・・と、キッチンの窓辺でぼんやりしていると、いつも目に付く
ある風景。
・・・目の前の郵便局の裏、なんだけど。
引っ越してきた当初は何も置かれていなかったのに、最初に
ブロックのようなものが置かれ、一時は片付けられたものの
みるみるこんな感じに・・・
どうやって運ぶんだろう?!
つか、どうせ運ぶんだったら、最初からそこに捨てればいいのに。
などと余計な心配をしつつ、
今日もぼんやりほっこり日が暮れる。
※掲示板(BBS)とみんカラは、プロフィール内に置いた
メインサイト内に引越ししました。
その1
市場にチリエージャ(さくらんぼ)が出回り始めた。
アメリカン・チェリーのような艶。
でも味は日本のさくらんぼに近いかな。
甘酸っぱくってほんのりした甘さ。
オイシイ。
一方、タマネギが入手しずらい。
タマネギって一年中あるもんじゃないの?!
ちょっとビックリ。
そしてピーマン。イタリアのピーマンはとにかくデカイ!!!
そして前にも書いたが、イタリアでは赤や黄色のパプリカが
主流で、緑のピーマンはマジでなかなか無い。
この日はホントに無く、仕方なく赤いので代用することに。
赤や黄色は水分が多くて柔らかいから作りたい料理に合わない
んだけどな・・・
・・・デカイ。
その2
そうそう、イタリアの家庭はナイフやキッチンばさみで何でも
切っちゃうので、包丁を使わない。
なのでお店にもほとんど置いてない。
よってまな板も無い。
そしてもちろん砥石も無い。
包丁やまな板は日本から持参したけど、砥石は無いナア・・・
ホシイ。
その3
相変わらず激しいセキ(&ドスキー声)が治らない。
一番ヒドイ時が義兄が来ていたプチ連休時で、しかも家族で
高級イタリア料理店に行ったのだが、皆ゴホゴホゲホゲホを
やっていたら、イタリア人客にド注目された。
・・・なんでも、イタリアではセキをすることはゲップをする
ことと同じくらい下品なことで、イタリア人は結構ガマンする
らしい。(・・・どうやって???^^;)
それを家族中がしかも食事中ずーーーっとやっていたので、
イタリア人が”マンマミーヤ!”とばかりにガン見していた
らしいのだった。ガーン
それを知って、結構引きこもりがちになった。(爆
最近、扁桃腺じゃなくて声帯をヤラれる。
前に同じように声が出なくなって治るまで半年近くかかった。
仕方ないな。ピアノ・ピアーノ。
イタリアの携帯電話の料金は、基本的に前払いだ。
カードを買う方法もあるようだが、ワタシはいつも
タバッキ(タバコ屋)で入金してもらう。
タバッキならどこでもしてくれるわけではなく、
専用の機械がある店でしかできない。
ちょっと遠いけど、店内が綺麗だし店員のおじさんも
お洒落で観察し甲斐があるので、この店に通ってる。
(黙って撮るのもなんなので、一応説明して撮らせて貰ったけど
・・・おじさんの強張った顔に思わず失笑。)
そしてその店はCentro(街の中心地)にあるので、
駐車場がなかなか空いていないため、ちょっと離れた
場所に停めて歩くのだが、海を臨みながらの散歩に
疲れも忘れる。
今日はバカっパレ。
日本も真夏並みの暑さだと聞いたが、こっちも夏。
みんな焼いてるな~。海の家も・・・見えるかな?
真っ青な空に真っ白な飛行機雲・・・
そして!!!
たっくさんの黒い点々が見える?
すごい鳥の数・・・シッポのカタチや飛び方から見てツバメ?!
でも中にはツバメにしては少し大きいような子も・・・
本当にすごい数だった。
いつかちゃんと捉えたいな。
ビニールシートを突き破って、真っ赤な花弁を広げた芥子。
(南イタリアでは野生の芥子の花がいっぱい咲いてる)
君のように逞しく、美しくありたい。
一方、イタリアの学校も大きな問題を抱えている。
それはワタシたち日本人には理解し難い”移民”の問題と大きく
関わっている。
以下は毎月、イタリア在住の日本人向けに発行されている小冊子
「COME VA?」からの今月記事の抜粋である。
(ちなみに上記冊子のサイトを探して飛んでみたら、2002年
のまま更新が停まっていた。(爆)おーい。)
2月の終わり、ミラノ市内のある小学校で、教師が生徒の「舌を切る」という事件が発生し、マスコミを騒がせた。
問題の教師は補助教員で、被害にあったのは7歳のチュニジア人の男の子だった。事件当日、担任は不在で当の補助教員が担当の生徒を補助していた。しかしある男の子が何度注意しても席に着かずおしゃべりを止めようとしなかったため、その子に舌を出させ、本物のハサミで傷つけたという。
このような事件を聞くと、「ひどい先生だ」という印象で一括りにされそうだが、イタリアの学校が置かれている現状に照らし合わせてみると「起こるべくして起こったか」という感も正直拭えない。
この国の教育制度が直面する問題について語る際、その筆頭にあげられるのが「外国移民の子供の義務教育課程への編入問題」だ。
過去3年間のデータによると、外国人学生は毎年6万人ずつ増え、2006年には総勢40万人を超えた。これは義務教育課程における学生総人口の5%に相当する。
更に外国人生徒の国籍は全191ヶ国にわたり、アルバニア・モロッコ・ルーマニアが上位を占める。ある州では生徒約10人に1人が外国人、しかもいわゆる発展途上国から生活の糧を求めて入国し、経済的に豊かなイタリアにて仕事を見つけた家庭の子供なのである。そしてその90%がイタリアの公立の学校を選択するというから、公立学校では1クラス20名とした場合、文化的・語学的に異なる背景を持つ子供達が、各クラス平均2名いる計算になる。
こうして毎年のように各国から流入してくる移民の子供達だが、イタリア政府の受け入れ態勢はどのようになっているのであろうか。教育・大学研究省が各学校に配布する「外国人学生受け入れ要項」によると、学校生活の中でイタリア語を習得させることを重視し「基本的に同年齢のクラスに編入する」「一クラス、あるいは一学校に外国人生徒が集中しないように振り分ける」「必要に応じて文化コーディネーターの要請を行う」などの事項は定めているものの、編入前のイタリア語習得特訓授業については言及していない。
但し、これからはあくまで政府側の示唆であり、実際の対応は各学校の自主規定に任されている。裏を返せば「外国人の子供はどんどん入れてください。ただ、特別な受け入れ態勢などありませんから、各学校で善処してください」というわけだ。すなわち、子供達は入国するや否や、周囲のものが何を言っているのかさえわからない”クラス”に文字通り放り込まれるのである。
ひとえに「外国人生徒」といっても、アルバニアや中国、モロッコなど言葉・価値観・宗教などあらゆる面において異なる世界からやってきているうえ、それまで学校というものを見たこともなかった子、戦禍を逃れて精神的にショックを受けている子、家族というのは名ばかりで全く放任されている子など、様々な国や家庭の事情を抱えている。
これらの子供達を受け入れ、実際にその教育にあたるのは誰か。それは今まで自国の生徒だけを相手に自国語で授業を行ってきた先生達だ。外国人移民の子供とイタリア人の子供が席を共にするクラス、しかも移民の生徒はイタリア語を全く解さず、先生はイタリア語しか話さない状況下で、先生方は一体どんな授業ができるのだろうか。実際、小学校レベルでは「編入されたアルバニア人の男の子が、授業中は着席していなければならないという決まりさえ理解できず、担任はそれをどうにかして分からせようと躍起になり、肝心の授業が御座なりになる」といった話をよく耳にする。外国人の生徒をできるだけ早く新しい環境に慣らすと共に、イタリア人生徒の編入生に対する偏見を除くのが「要項」の目的らしいが、現実には虻蜂取らず・・と感が強い。
このような状況に更に追い討ちをかけるのが双方の親たちだ。北東イタリアのある州の小学校では、「クラスにスラブ系の生徒がたくさんいて、肝心の授業が進まない」と、地元イタリア人の親達が子供達を外国人のいない私立校に転校させたという。南イタリアのシチリアにある小学校のあるクラスでは、外国人10人イタリア人7人と、外国人がイタリア人を上回っており「発展途上国の子供は不潔だ」といって、親が7人の子供の登校を拒否しているというニュースもある。一方のアラブ系生徒の親達も「宗教上、音楽は男子生徒にのみ教えるように」との注文をつけてきたり、アフリカ系生徒の親は「無料で子供を預かってくれるのなら・・・」と本人の意思は無関係で、さながらベビーシッター代わりのように学校の活動に参加させる先生泣かせもいるらしい。更に、外国人生徒の中には周囲で何を話しているのか、行われているのかが理解できず、次第に孤立していったりイジメの対象になったりと、生徒同士の間にも問題が生じている。
移民を長年受け入れてきたフランスやイギリスと異なり、イタリアではつい10年前まで田舎の町に外国からの移民が住み着くことなど考えられなかった。大都市の場合は学校が独自に努力して効果を上げているケースもあるが、教育に関しては全て地方自治に任され、一貫した受け入れ対策がない今、多くの学校は移民生徒への対応に手を焼いているのが実情だ。
冒頭に述べた「舌切り事件」で加害者となった補助教師は、過失傷害罪に問われ、文部大臣から即刻解雇を言い渡された。しかし彼女もまた「未然に事故を防止できる態勢を国レベルで作ろうとせず、事件が起こってから穴埋め式に処置を取る(その時だけ騒ぎ立て、事後何もしない)イタリア式政治」の犠牲者ではないだろうか。
長文になったが、これはまさにワタシや娘が毎日実感している問題
である。実際娘の通う学校のクラスにも、娘のほかにアフリカや
チェコなど東欧出身の親を持つ子供は数人いるし、ワタシの住む
ヴァストでは東欧が対岸となるアドレア海沿岸、港も近いという
こともあり、アフリカや東欧そしてロシア近辺の移民が非常に多い。
実際娘は昨年の秋にアルファベットも全く知らないまま、年下の学年
となる新2年生からスタートし、はじめの授業や宿題は他のイタリア
語のできる生徒とは違うものだったようだが、半年以上たった今は
他の生徒と同じレベルまで到達したようだ。
受けているのは午前中のたった約3時間の授業(国語(イタリア語)
・算数・英語)である。でもそれは少しでも教育に恵まれている日本
という環境で育ったおかげかもしれない・・・
日本という国は、今のところ”移民”という問題に直面していない。
しかしイタリアのみならず、他の国は抱え込んでいる問題なのだ。
ワタシも娘も、そんな学校や生活に溶け込める状況には程遠い。
そしてどこまで踏み込んでいいのかわからない。
外国のヒトをどこかで恐れ、拒否しているのかもしれない。
まだまだ戸惑うことばかりだ。
ワタシたち日本人が「アタリマエ」と思っているものの中に
「教育が受けられること」があると思う。
その教育が受けられる場所である学校について、ちょっと
考えさせられることがあった。
今回のローマ補習校で父母会なるものがあった。
いわゆる懇談会みたいなものだ。
(ちなみに補習校とは、平日はイタリアの現地校やインターナショナル
スクールに通ってる日系の子供が、日本語を中心に日本の教育を
受ける機会として設けられた学校で、日本人学校のように日本の
法人とは違うシステム。よって授業は有料である。)
小会議場のような場所に集まり、予算や行事について説明と質疑応答
が行われた。
しかし・・・
開始時刻が予定の30分後。
進行係がレジメをよく読んでないので、話が噛み合わない。
進行もバラバラ。
終いにはママ同士が感情的になり、ヒートアップ。
・・・と。ツッコミどころ満載。(爆
この前イタリアの学校で経験した懇談会(コチラ参照)と同じ?
でも、ここにいるの、日本人だよね・・・^^;
あな、おそろしや、イタリア共和国の影響力。(苦笑い
そして、ここローマ補習校の校長が、先日フィレンツェの新しい
補習校(できてまだ2、3年目らしい)に見学に行ったが、
全日制の日本人学校とうまく連携が取れていないのか、ローマより
生徒数が多いのにもかかわらず、教室を使わせてもらえなかったり
(よって廊下で授業をしているらしい)職員室もなく、職員同士や
保護者との連携もうまくいってない模様だとか。
教育システムがきちんとしていないうえに高い授業料を払っても
まともな教育が受けられる保障はないという現状に驚いた。
日本法人でないというだけで、日本人学校も冷たいものだ・・・
遠方地であっても、外国人であっても。
日本語を学びたいと思う子供に、教育は平等に与えられるべきもの
だと思うし、それは日本であっても海外であっても同じなはずだ。