2006~2010のイタリア周辺やウサギやクルマや諸々の話。2018~は愛する老ワンコとインドに移住中。時々絵日記。リンクフリー。
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雨上がりの澄んだ空気のおかげか、特別美しかった山々。
我が町のあるアブルッツオ州とローマのあるラッツィオ州との間。
今日も人々が集まるバティカン。
ここから先はローマの中心街および観光エリアになるので
一般のクルマは入れず。(入った場合罰金・・・)
今日のローマでの買い物目的のひとつはココ。
日本食材を入手。
でも一番欲しかったアズキ缶は見当たらず・・・かなりガッカリ。
かわりに?お菓子入りのとてもキュートなミニ缶を購入。
(いくつかある種類から缶のデザインで選択)
中身はこんな黒い、爪くらいの大きさのお菓子??
食べてみる。
!!!
オ、オエ~~~ッ!!!!!
(のび太バリに読んでください)
いやマジ、そんな感じの味なんです・・・
表現できない、したくないマズさ。おいしくない、じゃなくマズイ。
あまりにあまりなそのテイストに、思わず「コレ、食べてよいの?
防腐剤とかなにかじゃないよね???」と大真面目に相方に質問。
すると相方は頷き、会社のイタリア人たちもコレをよく食べるそう・・・
イタリア人の味覚に疑問浮上。
以前嗅覚について書いたが・・・味覚までも・・・
カウプレにするか悩み中。
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娘の通うアートスクールの先生の紹介で、日本語を学びたい(!)
という学校の先生をしているイタリア人女性と会うことになった。
はじめ、先生を通じて彼女直筆の日本語で手紙を貰い(!!)
日本語の基本はほぼ大丈夫な様子。(これだけでもスゴイ)
お互い何度かメールをやり取りしただけで、当日我が家で会う
ことになった時はかなり緊張した。
・・・なんか絵がメーテルみたいになっちゃったけど(汗)
もっと若くて知的で可愛らしい感じがプラスされた美女。ムフフ…
一年しか住んでいないがワタシの野生的勘が「彼女は南のニンゲン
ではないな?」と思って聞いてみると、やはり北出身の方だった。
はじめだし、とりあえずお喋りを・・と日本語+イタリア語で話して
いるうちに気がつくと約束の1時間をとっくに越え・・・
また会う約束をして彼女は帰っていった。
マスヤの「おにぎりせんべい」を手土産に渡して。
(日本食や日本茶が好きな彼女。せんべいも好きらしい)
その後彼女が置いていった「イタリアで学ぶ日本語」という題名の
テキストをパラパラと拝見。
果たしてどんな教材で日本語を学んでいるのか興味津々。
・・・例文でストはないやろ、ストは・・・
(それはイタリアやろ・・・)
”顔がべつじんになります”て・・・
・・・なんで日本人が中国の花瓶をお祝いに渡すねん。
テキストを見ていると、やたらと中国ネタが多いのに驚く。
何コレ?まさか寿司や日本食をパクるだけじゃなく、日本語までも
侵略してくるつもりか?!と著者を見てみると・・・
MARIKO SAITO
一応日本人??
うーむナゼだろう・・・とにかく例文がなんかイマイチ・・・。
最後のページの例文なんか極めつけ。
以下全文をそのままコピーして載せることにする。
「中国人の歌手」
きょうは日曜日で、空が青く晴れています。 ジョヴァンニは、
朝早く起きて、新聞を買いに行きました。 夕べ、ニュースで、
ラン・リーという中国の有名な歌手が今月ローマに来てコンサートする
と聞いたからです。
新聞を売っている店は、公園の隣にあって、毎朝そのまわりには
人がおおぜいいます。新聞を買ってから、ジョヴァンニは公園の中に
入りました。木の間に細い道があって、白い三階建ての家の前まで
続いています。家の後ろには着物を着た女の人が一人いて、静かに
絵を描いていました。
「失礼ですが、日本の方ですか」とジョヴァンニはたずねました。
しかし、女の人は何も答えませんでした。ジョヴァンニがそばへ行って
絵を見ようとすると、女の人は着物の袖で絵を隠してしまいました。
「私の絵を見ないでください。夕べ遅くまで歌の練習をしていて、
疲れています。疲れた時、私はいつもとても変な絵を描きますから」
と女の人が中国語でいいました。
「それはすてきですね。僕は特に変な絵が大好きです。ぜひあなたの
絵が見たいです」とジョヴァンニも中国語で答えました。女の人は
ジョヴァンニの顔を見て、ほほえむと、だまって白い家の中に入って
しまいました。
・・・ワタシは正直エエ~?!って思ったんだけど。
みなさんはどう思います?
確かに、いざ外国の方に日本語を教えるとなると、もんのすごく
難しい。ホントに。
例えば「可能性」って言葉があるが、この場合の「性」という言葉に
ついて、そしてこの場合の意味についてすぐに説明できない。
そして『可能性がある』とはいうが『可能がある』とはいわない。
そして『可能である』とはいうが『可能性である』とはいわないわけだ。
ワタシは日本語を教える資格ウンヌンを持っていないが、こうして考えると
可能性も可能も名詞だけど、”可能性”はより名詞的で”可能”は形容詞
あるいは形容動詞的に使われる、といえるかもしれない。
ううーん、教えるということは自分も学ぶということ、というのは
ホントだよなあ・・・。
昨夜予約したフランメンコのショーが楽しめる
タブラオには絶対遅れたくない。
ただ、相方が”どうしても行っておきたい”という
ここからそう遠くないカテドラル(教会)に急ぎ足で向かった。
バルセロナの夜は賑やかだ。
地図を眺めながらちょっと細い路地に入る。
カテドラルらしき影は見えるが入り口がわからず・・・
人が流れる方向へ歩いてみる。
なんとなく入り口が見つかり、入る。
ヒトの多さと広くて明るい中庭にビックリ。
教会とは思えない・・・やっぱりイタリアの教会とは違うなあ。
あ・・・あひる??
というか・・・教会の中に池が!!!
だが礼拝堂に入るとそこは別世界だった。
スペインのいろんな建物は撮影禁止なところがほとんど無い。
(個人的に鮮明さより色を撮りたいので、フラッシュを使うのが苦手。
結果、写りがイマイチでゴメンナサイ・・・)
正面が改装中?で残念だったなあ・・・
ガイドブックを見ると、ここからの姿がまたスゴイんだけど。
予約の時間がかなり迫っていたのでタクシーでタブラオへ向かう。
タクシーの拾い方もわからないけど・・・
トランク持ってる人々(やはり旅行者多し)に習って待つ。
ヨーロッパはクリスマスが終わっても、そのまま新年過ぎまで
飾りをつけたまま。
日本のようにハイ!クリスマス終了~次は正月正月!!
といった慌しさは無い。(年明けは結構アッサリ)
1階にシャネル等ブランドのショップを抱えるホテルは
ひときわ美しいイルミだった。
時間通りタブラオに到着。
他にも旅行者とおぼしき外国人や日本人数組がいた。
予約順に受付、その後ホールに通される。
ロビーもフラメンコ色。
席に着いて、まずは食事。(食事なし・ショーのみのコースもあり)
食前酒はフルーティで飲みやすかった。
(スペイン語で食前酒はなんというのだろう??)
そして・・・スペインといえばコレ!!なパエリア。
味付けが日本人向け?思ったより香辛料臭くなくて食べやすく
すごくおいしかった。(ホントはもっとサフランたっぷりらしいのだが)
魚介がメインなため、海端の地方でしか食べられないと聞く。
生まれはもう少し南のバレンシア地方。
最後にデザートのクリームブリュレまで出て、ショー込みで
20ユーロ弱なお値段はお得な気が。
↑そしてこんな時にも撮影を忘れないワタシに呆れる相方(の撮影)。
お腹もいっぱいになり、いよいよショーが始まる。
気が付けば立ち見もでるほどホールはヒトでいっぱいだった。
左の黒いドレスの女性はベテラン?
ソロで踊る場面も多く、ものすごく激しく逞しく
そしてしなやかに踊っていた。
この左側のオジサンダンサーがまたスゴイ。
汗が飛び散る飛び散る。
ちなみに右のオジサンは歌い手。
ふたりで歌劇のような掛け合い。
どのショーもストーリーがあり、最後まで飽きることなく楽しめた。
(個人的にはダンスというより激しいミュージカルみたいだと思った)
瞬きできず、口と瞳孔開きっぱなし・・だったかもしれない。
ホントにちょっぴりだけどショーの動画。
↓クリック!!
ダウンロード(mov)
最後は小さなカルメンが登場。
こんなにちっちゃくてもステップはちゃんとできてた。
終わった後も続く興奮状態。
でもあまりに激しくて「ワタシもやってみたい」などとは
恐れ多くて思えなかった。
まるで命を削って踊っているような・・・
そのくらいすごい迫力だった。
その後ぶらりと寄ったカフェ。
なんと中国人の若い男がカウンターに立っていた。
私たちはスペイン語が話せないので英語で話すも不通・・・
同じくカウンターにいたスペイン人の男子数人(中国人と友達?)に
英語が話せる子がいて、なんとスペイン語を少し教えてもらった。
傍にいたおじいさんもさり気なく加わり、和やかな雰囲気に。
こういうのはイタリアと同じ、ラテン民族のステキなところだと思う。
イタリア語でBuona Sela!(ブォナ セラ)=こんばんは!は
スペイン語でBuenas Noches!(ブゥエナス ノチェス)。
ちょっと似てるね。
スペインの素晴らしさを噛み締めつつバルセロナを発つ。
冬休みの旅・その9~移動(スペイン)へつづく。
今日17日は阪神大震災の日。
13年前のこの日
ワタシは当時JR須磨駅前の小さなアパートで寝ていた。
今でもあの朝の海鳴りの音は忘れられない。
毎日毎晩赤く空を染めた隣町長田区の炎も。
もしあの時命を落としていたら・・・
娘もこの世に生まれなかった。
ゆきウサにも出会えてなかった。
亡くなった方々のご冥福を改めて祈るとともに
今ある命に感謝し
防犯の心得を再確認しようと思う。
***
そして今日は相方の3●回目のバースデー。
ハデに騒ぐよりしみじみと語る日になってきた。
この店にしかない、甘エビのようなエビのアンティパスト。
コッツェがデザインされてるなんてステキ過ぎるお皿。
そしてアドリア海岸の魚料理、この町の名物ブロデット。
イタリアのトマトスープ+魚の旨味が絶妙。
海の幸のリゾットも日本の雑炊のような優しい味で、ペロリと食べた。
どのメニューもおいしかった。
そしてこの町のほとんどの店で見かける、誰が描いたか不明のこの町の絵。
町の人が自分の町に愛情と誇りを持っていることがよくわかる。
素晴らしいなあと思う。
そして遠い日本を想う。