2006~2010のイタリア周辺やウサギやクルマや諸々の話。2018~は愛する老ワンコとインドに移住中。時々絵日記。リンクフリー。
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今日も暑い。
真剣に雨が恋しい。
毛皮の君たちは大変だよなあ・・・
この時期になると、クルマで15分くらい走った先のあちこちに。
普通の車道沿いに。
小高い山の斜面沿いに。
オリーブの木に負けないくらいの数の向日葵がたくさん現れる。
ビックリした。
お花屋さんに並ぶ数ではないから・・・
ひまわり油(こちらでは食用として普通に売られている)のためかな。
「ライ麦畑で遊んでいる子供達が崖から落ちたりなんかしないように
見守って、落ちそうになったら捕まえてあげるような、
ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。」
(ライ麦畑でつかまえて/J.D.サリンジャー)
「I thought what I'd do was.
I'd pretend I was one of those deaf-mutes or shoud I ?」
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週末外出していたためたった2日ほどネットを離れていたのだが、その
たった2日間だけで支持していたmixiのコミュがすでに自分の主旨と
かけ離れ始めていることに驚きをかくせなかったイタリア時間午前0時。
週末は野暮用で北イタリアのトリノに飛んでいた。
はじめてイタリアで国内線の飛行機に乗った。
ルフトハンザグループのAir Oneという飛行機。
3×2の6人席が30列、約180人が乗れる飛行機
(前から乗って後ろから降りるスタイルなのにはちょっとビックリ)
その飛行機の小さな窓から見た空とイタリアの様子を少しお裾分け。
行きの飛行機は窓ガラスが歪んでいて(!)綺麗に写せなかったので・・・
帰りの飛行機の窓からの風景を。
北イタリアのTorinoの町並み。
中心地はもう少し赤茶色の綺麗な町並みが多く都会的だ。
山が多い。
白い海岸線の縁取りが見事。
南イタリアの風景はこんな感じ。
一面オリーブ畑なのが空からだとよくわかる。
北との違いがわかるかな。
フライト時間約1時間30分の空の旅、でした。
ニンゲンって空の上からはちっとも見えないほど
小さい、ホント小さいイキモノなんだよなあ。
日本にいた時はあまり刺されなかったのに、イタリアにきて
かなり刺されるようになった。・・・蚊に。
イタリアの蚊はB型の血が好みなのか?チッ。
今日なんか、目の上を刺された。
起きてる時に顔を刺されるなんて、かなり屈辱的だ。
イタリアの犬の動きがトロいことを以前書いたが、
イタリアでは虫の動きもトロい。
ハエやハチなんか、生きたままティッシュで優しく摘める。
だが、蚊は違う。ヤツはなかなか賢い。
よってペープ(まんまの名前)なるヒミツヘイキをローマで購入した。
(箱が開封されて中身がないものがあっても(しかも複数個)
最近はなんとか動じないようになった・・・ことは無い。
やはりビビる。↓ノンフィクション画像)
『日本のパトカーや救急車の上に乗っかっててクルクル回るやつだ~』
と娘は大喜び。(イタリアのサイレン灯?はブルー)
舶来?な文明の利器に、さすがのイタリアンな蚊もこれには降参だ。
ちなみに渦巻きな”蚊取り線香”もイタリアには売ってたりする。
一番欲しいのは網戸なんだがな・・・。
以前も書いたけど、ワタシは声のよいヒトに弱い。
ただ、それが「一般的に声がよい」といわれているヒトとは別かもしれず
もっというと「声に色気のあるヒト」に弱い。
そんな好きな声を持つ、とある女性シンガーがいるのだが、ワタシは
彼女の声のみならず、彼女の創り出す言葉も好きだ。
その彼女の言葉の中にちょっと考えさせられることがあった。
『・・・そして自分の事は毎日考えても分からないこともわかった。
自分の事は、人と関わって、人と話さないと分からないんだなと。
みんな生きてきた環境が違って物事の考え方も全くちがうから、
正しいと思ってたことが間違っていたり、間違いだと思っていたことが
正しかったり、それは自分で気付けないんだなって・・・』
彼女と同じ年齢の頃のワタシは、こんなことを考えたこともなかった。
裏切りや挫折もイッパイ経験したけど・・・
なぜかヒトを嫌いにはなれなかった。
その理由が今、彼女の言葉でわかった気がする。
彼女はまだ若いけど・・・
その10年くらい先を生きてるワタシが教えてもらうことも
たくさんある。
そしてもちろん、
そのまた何分の一しか生きていないわが子に教えられることも
たくさんある。
子供たちは愛らしく純粋だ。
そしてそんな愛らしい子供たちも、大きくなると万引きや援助交際、
薬や殺人などの罪に手を染めることもある。
しかもそれは貧しさのためではなく、欲しいものや退屈しのぎのため。
それは子供だけのせいではない。世の中が悪いわけでもない。
親が子供を愛していないからだ。
子供が”親から愛されている”とちゃんと感じていれば、
親を悲しませることは、子供は絶対しない。
あることを調べていて出会った、数年前のあるヒトの日記の言葉。
かなり真っ直ぐ心に届いた。その通りだと思う。
そしてそれは親子のことだけではないと思う。
もしも自分が何か道を外すことをしそうになった時に
自分のことをウソ偽り無く心から愛してくれる人がいて
そのことがその人を悲しませることになるとしたら・・・
誰が何をいっても、世の中の流れに逆らうとしても、
自分の意思でそのヒトの喜ぶ顔を死守すると思う。
父から送られた紫陽花の画像。
最近父からカナリ弱気なメールがきた。
そして”この情けない親父に渇を入れてくれ!”ときた。
今まで頑固一徹で我を通してきた父。
素直な文面に驚き、思わず
「シッカリしろ!というよりすごいじゃん!と思ったよ」
と返信したら思わぬ返事だったようで(でもワタシらしいと)
ちょっと元気が出た様子。うんうん。
受け入れられなくてもいい。
認められる、ということは、嬉しいね。